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ヘアブレ活動休止とこれまでとこれからとお礼


3月5日が終わり、2日ほど筋肉痛で動けず、3日ほどぼけーっとしてました。

こんばんわ、吉田です。

遠足から帰ってきたような気分です。

班長(引率?)・和田くんのもと、頂上を目指しつつも広大な自然を楽しんだり、同じ班のみんなや違う班のみんなとはしゃぎ回って。

そして、一旦下山しました。

みんなはまだ山を登っているけども。

でも、笑顔で帰路に着きました。


12年という時間は自分を変えるのに十分すぎる期間でした。まぁ本質的には変わってないのですが、メンバーを筆頭に色んな人達から与えて頂いた影響・刺激は自分が長崎で育った18年と比べてその何倍もの質・量・密度があったと思います。ギターはちーっとも上手くなる気配を見せませんが、そういった作用を自分の中で素直に、率直に、質実に共鳴させるのは上手くなった気がします。
様々な土地で様々な人、事象に遭遇しながら、日本の狭さと広さに驚きながら、音楽の懐の広さと残酷さに打ちのめされながら、がむしゃらに生きてきました。ヘアブレと共に。

布谷と共に、てっちと共に、大樹と共に。

ダンスロックと共に。


3月5日のセットリストを決めるからやりたい曲考えといてと言われ、全ての曲を聴きなおして、カッコ悪いかもしれないけど悩みました。いい曲しかないから。基本、自虐で卑屈で顔が丸い俺としては珍しい話なのですが、世界一捨て曲が無いバンドだと思いました。そんな事を思えるのは、やっぱり俺が一人で作った曲とかじゃなく、ヘアブレの曲だから。
なんかカラッとしてないし、テンポも速くないし、一心不乱に愛を歌うわけでもないけど、でも、最高のバンドだと思いました。
世界中のどんなバンドにも負けないバンドだと思いました。
どんなに泣いても、その判断は覆せませんでした。


3月5日。
あの場所には誰一人『その先』の存在を信じてなかった人はいなかったと思います。
笑顔の力に、音楽の力に、ダンスロックの力に、圧倒的な感情の渦の中で、自分はさらわれていきました。
こんな幸せだったことはありません。
来て頂いた皆さん、来れなくとも気持ちを向けて下さった皆さんへ。
皆さんの存在一人一人に、自分は依って生きています。
皆さんの存在一人一人を、自分は誇って生きていきます。
どんな偉い人にも、否定はさせません。


そしてhare-brained unityは先日のライブを持ちまして活動休止とさせて頂きました。
今のところ再開の予定は立っていませんが、約束はしたいと思ってます。
いつかまた、と。だからお世話になりっぱなしのスタッフの皆さんへのお礼は、もう少し後にしようと思ってます。
でもやっぱり、青木さんや大島さんや木村さん、須藤さん、後藤さん、理恵子さん、北川さん、そしてライブハウスの皆さん、DJマークを筆頭にfm NAGASAKIのみんなには早く会いたいです。大好きな、大好きな人達ですから。


自分は今年で32才になります。
好き勝手生きてきて、好きなことだけして暮らしてきて。
興味のあること以外は全くやる気が起こらなくて。
だから、やっぱり好きな事だけして生きようと決めてます。
12年。他になんとなく探した事もありましたが、趣味程度のことすら何一つ興味が湧きませんでした。
だから、やっぱり音楽なんじゃないかなと思ってます。
知らない人の胸倉を掴んで叫びたくなるくらい、好きなことなんて
他にあるはずが無いのです。


でもやっぱり、ヘアブレの事を思って、あと何日かはボケっとしてしまうと思います。
寂しくなってしまうと思います。
それが終わったら、SHELTERのみんなを見習って、前に進んでいこうと思います。
やってみたい事だって、いくらでもあるんです。


ありがとうございました。そしてこれからも、ヘアブレ共々、宜しくお願いします。



※余談ですが、3月5日唯一心残りだったのが、長い間の相棒であるHughes&Kettner・TRYAMPが整備不良トラブルにより出場を断念したことです。すまんかった……
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